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Side 拓磨


ふわふわと漂う意識。ふと温かい何かが意識に触れた。

〔――拓磨〕

誰かが呼んでいる。
どこかで聞いた事のある声。

その声に意識を引き上げられ、瞼を開けた先に光が見えた。

ここは何処だ?
俺はどうして…、

はっきりしない意識の中で、誰かを探す。

「し…ろー…?」

口からは無意識にその名が溢れていた。

〔それは過去の人間だ〕

またあの声が聞こえる。それと同時に、目の前に黒い影が現れ俺の視界を埋め尽くす。

…俺はコイツを知っている。

不意にギラリと鋭く光った二つの瞳が俺の思考を奪った。

「俺を見ろ、拓磨」

「――っ、…た…ける」

そうだ、コイツは氷堂 猛だ。

認識したと同時に、あまりに近くにいた猛を突き飛ばそうと俺は腕を上げ、身体中に走った痛みに体を震わせた。

「ぐっ…ぅ…っ…」

額に冷や汗が浮かび、俺は自分の体を抱くように腕を回す。

そこで俺は初めて頭に包帯が、右手は固定され三角巾で吊られている事に気付いた。

「動くな。大人しくしていろ」

「…っは…はっ…ぐ…」

俺は…どうしたんだ?
何があったか思い出せ。

ズキズキと痛む頭を駆使する。

意識が途切れる前の記憶を手繰り寄せ、俺は唇を歪めた。

「あぁ…、思い…出した。マキを、…俺はマキを殺したんだ…」

視界の端で捉えた赤い色。

「ふっ、は…ははっ…」

俺はもうどうでも良いと、体を抱き締めた腕から力を抜いた。

しかし、それを許さぬ者がいる。

「何が可笑しい?…高遠はまだ生きてるぜ」

「…は…何だと?」

ピタリと笑うのを止め、俺は冷徹ともとれる感情を読ませない瞳で見下ろす猛を睨み上げた。

「お前は甘い。確実に仕留めたいなら心臓より頭を狙うべきだった」

猛はあの場にいて、唯一俺を止めなかった。ただ淡々と何をしているのか事実確認を求めた。

目の前に、次の瞬間には消えるかもしれない命があるにも関わらず、だ。

「――っ」

その深い、光さえも呑み込んでしまいそうな漆黒の瞳に、ゾクリと背筋に震えが走った。あの時は自分の事で手一杯で考えられなかったが、今思えばコイツが酷く恐ろしい。

「どうした。今さら恐怖でも覚えたか?」

それでも、クッと嘲る様な笑みを浮かべた猛に反抗心が沸き、唇を噛む。

「っ、誰が―」

「なら何故震える。恐いんだろう?…お前はもう高遠を殺せない。違うか?」

「―違う!アイツは俺がっ」

生きてるならまた殺すだけだ。それで終わりにするんだ。

なのに何故、この体は震える?治まれよ。俺の言うことを聞け!

「フン、あんな奴一人どうなろうが俺の知った事じゃねぇが…お前がそこまで執着するなら俺が直々に消してやる」

「止めろ!アイツは俺がこの手で!」

「そのザマで何が出来る?俺を止めたければ現実を見るんだな。お前が目を反らしている現実を」

くるりと身を翻し、猛がベッドの側から離れていく。

「待てよ!アンタには…、猛には関係ねぇだろ!」

痛む体を抱え、訴えた俺の声は無情にもパタリと閉められた病室の中に残された。








「何で、どうして俺に構う…」

俺に構うな。
放って置いてくれ。

今までの奴等の様に子供何て邪魔だと、煩わしいと放り出してくれればいいんだ。

猛の出て行った扉をぼんやり見つめていれば、コンコンと病室の扉がノックされ白衣を身に着けた三輪が入ってくる。

「目が覚めたって聞いてね。暫く身体中痛むかもしれないけど…」

「………」

「拓磨?もしかして他にも何処か痛い所ある?」

顔を覗き込む様に聞いてきた三輪に、俺の手は無意識に自身の胸元を掴む。クシャリと服に皺が出来るぐらい強く服を握った。

「…っ…苦しい」

「苦しい?あぁ、肋骨に罅が入ってたからバストバンドっていう固定する装具をつけてあるんだよ。間違っても勝手に外したりしないでね。大変な事になるから」

それから、とその後も何か注意らしきものを受けた気がするが俺は覚えていない。

ただ猛の言葉が頭の中を巡っていた。

《そのザマで何が出来る?俺を止めたければ現実を見るんだな。お前が目を反らしている現実を》

見て、いるじゃないか。
見たくもない現実を、ずっと。
目を反らすことなく。

俺は。

顔すらろくに覚えていない両親の死。
その後は親戚連中の間を転々と巡り、とうとう行き場を無くした俺は志郎に拾われた。

そして、思考はあの日で停止する…

「どうして、志郎だったんだ――」

強く握った拳から腕へと力が入り、ズキリと疼いた痛みが霞がかっていた思考を徐々にクリアにしていく。

その中で、俺は矛盾に気付いてしまう。

「…ぁ」

気付けばふっと体から力が抜けていた。

「俺、が…目を反らしていたもの…?」

それは…、
受け入れたつもりで、
乗り越えたつもりで、

けれど、
季節が一巡りした今でも拘っている、

―志郎の死

必死にマキを探させ、俺はあの時から一歩も前へ進めていなかった。トワに志郎を引き剥がされるまで動けなかったように、俺はずっと志郎の側で立ち止まったままで…。

は、と吐き出した息が震える。

「だって…志郎はずっと一緒にいてくれるって…」

ぎゅぅっと手が白くなるぐらい胸元をキツく握り締める。



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